東京高等裁判所 昭和58年(う)920号 判決
被告人 辻本芳子
〔抄 録〕
(四)1 ここでさらに職権により調査するに、原判決は、(イ)尹が昭和四五年五月本件土地の地目を原野に変更すべく、農業委員会に対し、現況原野である旨の証明申請をしたが受理されなかったこと、(ロ)被告人が同四六年九月二八日本件土地につき農地法五条一項但書三号による農地転用届を出しこれが受理されていることなどの事実から、本件土地が農地であったものと認めるに十分である旨説示している。
しかし、<中略>関係証拠によれば、本件土地は、前示のとおり、好夫が自作農創設特別措置法により所有権を取得したものであるが、当時から湿地で耕作に適さず、尹との間に売買契約がなされた当時、その一部の約一反歩に陸稲が作付されていたに過ぎず、その年の秋にこれが収穫された後は、好夫、尹の双方共耕作の意思もなく、全く耕作、肥培管理されることなく放置され、茅や篠が生い繁るに任せた状態にあり、本件に至るまでの間にその現況は既に原野化していたこと、この間、周辺の土地の利用状況の変化もあって、昭和四五年三月一五日には、本件土地は都市計画法による市街化区域に編入されたこと(従って、転用のための権利移転については、農地法五条一項但書三号により、知事等の許可を要せず、同号所定の届出でよいこととなり、民夫、被告人もこれによっている。前記(一)の(6)参照)などの事実が認められる。
ところで、農地法にいう「農地」とは、耕作の目的に供される土地のことをいい(同法二条一項)、当該土地の登記簿上の地目のいかんにはよらないとともに、所有者あるいは使用者の主観的な使用目的のいかんにもよらず、現況を客観的にみてその現状が耕作の目的に供されるものと認められるものであるかどうかによるものと解されるところ、これを本件についてみると、前示のような事実関係のもとにおいては、本件土地は、好夫と尹の間で売買契約がなされた当時は農地であったものと認められるとしても、その後長期間にわたって耕作若しくは肥培管理されることなく放置されたことによって、現況が耕作の目的に供されるものとは認め難い原野の状態となり、少なくとも、民夫と被告人との間で所有名義を被告人に移す旨の合意がなされた本件当時には、もはや農地とは認められず、非農地化していたものというべきである。
原判決の挙示する前記(イ)の点は、前記(一)の(3)に記載のとおり、昭和四五年五月二六日に好夫がした本件土地の現況を原野とする農地法四条による転用許可申請が不首尾に終ったことを指すものであるところ、これは、関係証拠によれば、本件土地が自作農創設特別措置法により耕作すべき土地として好夫に売り渡されたものであって、他に売却し耕作をやめるとの事由では軽々に転用を許可すべきではないとの判断によったものであって、必ずしも、本件土地が依然として現況農地であると判定されたためではなかったものであることが窺われ、また、前記(ロ)の点に関しては、農地法五条一項但書三号による所有権移転の届出については、関係機関が本件土地の現況を調査し農地であると判定した上で受理したものとまでは認められないことから(農地法施行規則六条の二参照)、右(イ)、(ロ)の各点をもって、本件土地が農地であったものと認めるべき証左とすることはできないものというべきであって、本件土地を本件当時においてもなお農地であったものと認めた原判断は首肯し難い。
2 然るところ、農地の売買においては、農地法所定の許可がなければ所有権移転の効力を生じないが、農地の買受人は、農地法所定の許可制度を潜脱する目的で、買受け後自ら非農地化したというような特段の事情がある場合は格別、買受け後当該土地が非農地化した場合には、そのときに、右許可なくして所有権を取得するものと解される(最高裁判所昭和四二年(オ)第四二九号同年一〇月二七日第二小法廷判決・民集二一巻八号二一七一頁、同昭和四四年(オ)第四九八号同年一〇月三一日第二小法廷判決・民集二三巻一〇号一九三二頁、同昭和四八年(オ)第七二五号同年一二月一一日第三小法廷判決・裁判集民事一一〇号六六七頁等参照)。
してみると、本件においては、民夫・被告人間の売買契約に基づき被告人名義に所有権移転の仮登記がなされる以前に、本件土地が非農地化したことにより、尹は、農地法所定の知事の許可を要せずして、好夫との間の売買契約による所有権を有効に取得していたものと認めるべきである。
3 そうであるとすると、民夫は、本件当時もはや本件土地の所有者ではなかったこととなり、従って、同人が、右土地の登記簿上の所有名義が自己にあることを奇貨として、被告人と共謀の上、これを被告人との間で売買し、右売買契約に基づき被告人名義に所有権移転の仮登記、本登記を経由したことは、これを外形的にみれば、「自己ノ占有スル他人ノ物」を不法に領得したものにほかならず、刑法二四七条の背任罪ではなく、同法二五二条一項の横領罪の構成要件に該当する行為をし、被告人は、身分のない共犯(同法六五条一項参照)としてこれに加功したことになるものというべきである。然るところ、関係証拠を検討してみても、民夫及び被告人の両名において、本件当時本件土地が非農地化し、尹の所有に帰していた事実を認識していたものとは認め難いところから、両名に横領罪の犯意を認めるに由なく、ひっきょう、民夫及び被告人は、背任の犯意(前記(三)4参照)をもって横領の結果を生じさせたことに帰し、本件所為については、同法三八条二項、一〇条により軽い背任罪の限度において犯罪が成立するものと解するのが相当である。
(草場 半谷 龍岡)